2010-08-18

現在熊本県内、3万1,700戸が停電中だと言うことです。

2010-08-18 0

通り雨が雷を伴っているな、って程度に思いながらも予感があったのか作業中の手を留めてiMacをストンとシャットアウト。普段はログアウトするぐらいですが、システム終了もスノーレパードになってとってもスピーディー。前のシステムではブラウザを終了するにも数分間は待つ必要がありました。メールも起動や終了に時間が必要でした。起動途中で終了させると書きかけ一時保存のメールが綺麗に消失していたり、終了を急がせると「アプリケーションが反応しません」とメッセージが出て強制終了をするといった二度手間で短くても5分は必要でしたからスノーレパードになってからのスムーズさにはまだまだ驚きが治まりません。本当に終了処理をしているのかしらと思うほどです。

今日の雷雨は雨の降り方はゲリラ豪雨という感じがあったのは降り始めぐらい、ところが落雷が凄まじかったです。数分間の間に稲光が近くに落ちるのを見ました。

映画「暗黒街のふたり」を見終わってまもなく、雨でBs-hiが受信できなくなったのが午後4時45分頃。しばらくは「暗黒街のふたり」の記事を書き込もうかと思っていました。それを切り上げてiMacの電源を落としたのが5時前。洗濯物を取り込んだりしていたら、窓の外に稲妻の連続。写真撮影を試みてみたけれども、光ってからシャッターを切っても間に合うわけではありません。それでカメラをムービーモードにして網戸に固定、運がよければ固定しているフレーム内に写っているかも知れないという程度の気持ちでしたが、数分間の間に遠くの鉄塔に南側から順番に落雷。高圧電線って、普段は怖いなあって見上げていたけれども避雷針の替わりにもなってくれて今日は心強さを感じました。

 

写真はムービーのフレームを切り出したものです。わたしが見ていて驚いたのは12枚目に写っている落雷。それがこうして前後のフレームを見てみると、12枚目以前にとても怖い感じで思いがけない連続。雷が落下しているのではなくて、それ以前に地上から登っているようです。地上と雲の間にたまった静電気が雷となると言うことが良く分かりました。雷が近づくと髪の毛が逆立つのは、そういうわけなのですね。

最初の稲光の前に左下から紫色の光が伸びています。どうも、わたしの自宅の光回線のケーブルが引き込んである当たりに見えます。昨年7月末の一発の落雷で停電、停電は数分後に復帰したのですがネットが3日間使えませんでした。近所一帯に起こっていたようで近所の光で店内音楽を流しているスーパーとディスカウント・ストアが替わりにラジオを鳴らしていたので分かりました。その後、九州電力の屋外工事が数日行われていたので停電時の対策が行われたのでしょう。最近は落雷での電流の不安定も減りました。

今日もわたしの家は停電することはありませんでしたけれど、熊本県内、市内から西南部では広い範囲で停電しています。現在、3万1,700戸が停電中。ツイッターとかブログをパソコンから更新している方々は、停電の復旧を今か今かと待っていることでしょう。わたしも宇土の方に親しいブロガーさんが居るから心配です。

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Deux Hommes Dans La Ville(cont.)

映画「暗黒街の二人」がもう少し長い作品だったら、途中までしか観られなかったかも知れない。風が吹き始めて雷が来そうだと感じながらクライマックスのギロチンのシーンに見入っていました。本当にアラン・ドロンの目の表情は良いですね。目だけで演技できるというか、澄んだ青い瞳も魅力的。

前のエントリーに、一緒にアップしようとしていた写真の追加です。一度にアップできる枚数に制限があるのでしょうか、どうにかしてまとめて載せたかったのですけど雷が落ちそうだったので早々に更新。雷の季節、エントリーがいくつかに別れても長時間の推敲はしないで更新した方が良いかもしれないと考えています。

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Deux Hommes Dans La Ville

暗黒街の二人・・・「わたしは法の正義を信じてきた。しかし、その裏側を見てしまった。・・・裁判は茶番劇なのか、既に審判はその前に決議しているのだ。・・・・フランスには未だにギロチンが2台ある。1つはパリに、もうひとつは地方を巡回している」

 

ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが共演した最後の映画「暗黒街の二人 Deux Hommes Dans La Ville 」は、ジャン・ギャバンの最後の出演作品となりました。冒頭、ジャン・ギャバンのモノローグで始まります。今回の役柄はギャングの大ボスでもなく、囚人だったアラン・ドロン(ジノ)の保護司カズヌーブという役です。役柄もあるのかも知れないけれども、凄くくたびれた印象がします。

アラン・ドロンの映画で、ビッグガン、フリック・ストーリーと家族との愛情を描いた作品が増えていきますけど、「暗黒街の二人」でボール投げや登山、カヌーやピクニックといった野外で家族、恋人たちと過ごす映像が挿入されているのが印象的。陰惨なラストを和らげています。

「暗黒街の二人」というタイトルは印象的で、暗黒街のギャング映画のようなポスターも忘れられないけれども、作品自体は今日初めて観ています。と言うのか、見たことがあったとしても印象に残っているシーンはなくて今回初めてストーリーを理解したというところです。初めて観た時は中学生ぐらいだったはずで、内容の端々には母が時々話していた事柄と重なる部分も多いので、映画の流れにわたしが乗り切れないでいただけで母と一緒に見ていたのかも知れない。

母が話していたことは、一度手を染めたら足を洗うことは難しい、いや、させて貰えないという事。出所したアラン・ドロンに早速近寄ってきたのが以前の強盗仲間。アラン・ドロンを仲間に引き戻そうと執拗で、家族を失いアラン・ドロンも自動車事故を起こすことになります。その後すさんだ生活を送りますが、新しい恋人(ミムジー・ファーマー)が出来る。しかし、彼女が銀行員だというのでアラン・ドロンを逮捕した刑事(ミシェル・ブーケ)が執拗につけ回す。運悪く、国外から戻ってきたもとの仲間と会っているところを見られてしまう。仲間はアラン・ドロンが銀行を狙っていると思っている。悲しいものです。

警察や、裁判、死刑制度に対する社会はドラマと言われますけど、抒情性も感じられる映画です。本来の「Deux Hommes Dans La Ville」は、街の二人と訳すことが出来ます。日本公開の1973年には、アラン・ドロンとジャン・ギャバンが主演なのだからと「暗黒街の二人」とつけられたのでしょうけど今となっては別の邦題があったらと思います。でも、顧みられない映画ではないのは救いです。

音楽はフィリップ・サルド

撮影、ジャン=ジャック・タルベ

脚本・監督、ジョゼ・ジョヴァンニ

・・・・・・・・・・熊本では遠くから雷鳴が近づいています。映画が裁判のシーンになった頃から部屋が暗くなってきたので照明をつけました。風も次第に強まっています。

 

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2010-08-17

名曲のこよみ 8月17日:ジークフリートの葬送行進曲

2010-08-17 0

今日は何の日? 記念日になっているクラシック音楽は・・・ワグナー作曲 舞台祝典劇《神々のたそがれ》から「ジークフリートの葬送行進曲」はいかがでしょう。

8月17日は、《ニーベルングの指環》の初演が終わった日・・・1876年(明治9年)のことです。

第1回のバイロイト音楽祭で初演された、《ニーベルングの指環》は序夜と3日間かけて上演される4部作「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」、そして「神々のたそがれ」の全体のタイトル。この4部作を上演するだけのために作られた歌劇場がバイロイト祝祭歌劇場で、毎年7月末から8月の間だけ開催されます。専属の歌手、オーケストラを置かないことで得意な運営ができるようになっています。ほとんどのオーケストラがこの夏の期間は演奏会を開きませんから、楽器奏者にとっては特別報酬を得る機会にもなります。

ある年はウィーン・フィルのメンバーが多くいたり、それがベルリン・フィルであったりと言うこともありますから、固有の響きに囚われることのないバイロイト独自の響きが楽しめることになります。

4日間で総ての上演時間を総計すると16時間ほど。ビートルズの公式録音を聴くのと同じくらいの時間です。4日間と行っても、バイロイト音楽祭での上演では間に1日の休みを挟んで5日間をかけて完成します。4つの作品は連作ですけれども、それぞれの作品の間には長短の年月が流れていますから鑑賞する方も休みを鋏ながら楽しむのが心地良いものとなります。

ワルキューレの騎行についで、良く聴かれる管弦楽曲が全体を通しての主人公であるジークフリートが殺されて運ばれる時に演奏される「ジークフリートの葬送行進曲」です。

ジークフリートはドラゴン退治をした時に、龍の血を舐めたので不死身の身体になりました。身体中に持ちをあびて無敵の肉体にもなったのですが運命はイタズラなもので森の木の葉が1枚、背中に舞い降りてきて急所となってしまいます。ジークフリートがおろされたのはギービヒ家での結婚式の前夜。ジークフリートはブリュンヒルデと結婚していたのですが、ギービヒ家を訪れた時に“忘れ薬”を飲まされてしまいました。そのことを知らなかったブリュンヒルデは、ジークフリートが気変わりをしてしまったと怒り半分、弱点を証してしまっていたのでした。

ブリュンヒルデは神の娘、戦(いくさ)の女神ワルキューレだったのですが父親の大神、ウォータンの言いつけを聞かなかったので普通の女性になってしまっていました。まあ、それも一旦は目をつぶろうとしたウォータンに、それでは長として示しがつかないでしょうって妻、女神フリッカに釘を刺されて渋々といった行動。女性に振り回されぱなっしの結末です。

 

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The Beatles - The Decca Audition (1962) / ザ・ビートルズ:ザ・デッカ・テープ

今ではビートルズは英EMIの代名詞のような存在だから、こうした録音がEMI系列でリリースされることは良いことだと思います。ビートルマニアだったら、ポリドールやVictorからのサントラ盤もフォローはしているから良いものの、一般的にはリリース情報も見のがすことがないことは嬉しいことです。

でも、ちょっと待って!!

この『デッカ・テープ』は、タイトルの通り英DECCAでの録音であるところが、頭の隅に置いて聴かなければいけません。ドラムスがリンゴ・スターではないことも大切かも知れないけれども、EMIのスタジオではなく、EMIのエンジニアによる録音でもないところを聴き込みましょう。ドラムの奏法や、コーラスのはもりでも無くてDECCAからビートルズがデビューしていたら“ビートルズ・サウンド”として一般的にイメージされている音が、EMIからリリースされたレコードだから・・・と、感じられるんじゃないかしら。DECCAレーベルからリリースされるんじゃなくて、EMI/東芝EMIのリリース盤で聴く事が面白い体験をきっとできます。

 

『1962年1月1日月曜日、午前11時。大晦日の前夜から吹雪の中をロンドンまでたどり着いたビートルズは、ウエスト・ハムステッドのデッカ・スタジオでデッカの担当者マイク・スミスに待ちぼうけを喰らっていた。当時の英国では元旦は公休日ではなかった。徹夜の新年会で遅れて来たスミスはビートルズの持ち込んだアンプ類の使用を認めず、スタジオの機器を使い待望の『オーディション』は始まった。それは一般的に創造される生演奏を審査してのオーディションではなく、『権限のある』デッカ社内の人間に聴かせるためのサンプル・テープの録音であった・・・』

CDの帯にあるように、DECCA系の社風と言えるスタイルで今でもミュージシャンが録音したデモ・テープの持ち込みでリリースされる形は変わりません。クラシック音楽の演奏家であろうとロックであろうと同じです。それがヒットするとDECCAの録音スタッフがつくというものです。だからDECCAからデビューするアーティストのデビュー盤は面白い、と言うか録音面ではユニーク。中には再録音される曲もありますね。

 

The Beatles - The Decca Audition (1962)
Genre: Rock | Label: Parlophone/TOCP-6211 | 
15 tracks | Release: 1962

Tracklist:
-----------------
1. Like Dreamers Do (2:39)
2. Money (That's What I Want) (2:26)
3. To Know Her Is To Love Her (2:38)
4. Memphis, Tennessee (2:23)
5. Til There Was You (3:02)
6. Sure To Fall (In love With Her) (2:04)
7. Besame Mucho (2:42)
8. Love Of The Loved (1:54)
9. Hello Little Girl (1:43)
10. Three Cool Cats (2:28)
11. September In The Rain (1:58)
12. Take Good Care Of My Baby (2:29)
13. Crying, Waiting, Hoping (2:06)
14. The Sheik Of Araby (1:45)
15. Searchin' (3:06)

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Le Clan des Siciliens

わたしが馬泥棒をさばく時、その罪を問わない。それは陪審員の役目だからだ ー チェーホフ

午後3時(2010年8月17日、火曜日)から映画『シシリアン』放送。夜の放送だと思っていたから、わたしにとってはちょうどよかった。午後1時でもなく、午後2時でもなく、午後3時からだと午後5時過ぎに見終わることが出来るので暑い日々のクールダウンにふさわしい。

ハイビジョン放送で見るのは、恐らく今回が初めてです。わたしが洋画に興味を持ち始めたのは、小学生の時に日曜洋画劇場か、金曜ロードショーで放映された『猿の惑星』でした。中学生の時はアラン・ドロンに夢中になって、『シシリアン Le Clan des Siciliens 』は中でもお気に入り。暫くしてチャールズ・ブロンソンや、クリント・イーストウッドの魅力にも惹かれましたけれども、ハンサムなアラン・ドロンから洋画に興味を引かれたのはわたしだけではないでしょう。

寝室には大きなアラン・ドロンの顔のアップのポスターを飾っていました。映画のポスターではなかったけど、映画館かポスター専門店で購入したものだったと思います。

母も一緒に観ていたと思います。アラン・ドロンに見ほれているわたしにやれやれという感じでつきあっていたと思うけど、映画冒頭アラン・ドロンが護送車の床をダイアモンドカッターで切って、併走している車で脱走するシーンにルパンみたいだと感心していました。今思い返せば、アラン・ドロンと言う役者さんは映画1本1本の中に新たな魅力を産み出して、それが次の映画に生きている。進化発展型(?)の役者ではなかったでしょうか。

 

 

口笛の哀感漂うメロディー。楽器やリズム、テンポを変えて主題が何度も出てくるので『シシリアンのテーマ』には1度テレビ放映で見ただけで魅了されました。『猿の惑星』などはサウンドトラックなどに関心も寄せなかったのですが、映画音楽。ヨーロッパ映画のサウンドトラックに興味ひかれるきっかけになったのが『シシリアン』から始まったのかも知れません。クラシック音楽のレコードはブラームスからスタートしたけれども、本当に面白いと感じるようになったのはフランスのクラシック音楽の様式美に出逢ってからだったのではないかと、今振り返ってそう感じています。

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Deana Carter - Everything's Gonna Be Alright


Deana Carter - Everything's Gonna Be Alright (1998)
Genre: General Contemporary Country | Release: 1998 | 1CD |

Tracklist:

01. Absence Of The Heart - 3:30
02. Angels Working Overtime - 5:21
03. Brand New Key - 3:18
04. Colour Everywhere - 4:13
05. Dickson County - 3:34
06. Everything's Gonna Be Alright - 5:21
07. Make Up Your Mind - 4:38
08. Michelangelo Sky - 3:53
09. Never Comin' Down - 5:32
10. People Miss Planes - 3:25
11. Ruby Brown - 4:19
12. The Train Song - 4:02
13. You Still Shake Me - 2:48

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2010-08-15

《映像の中のクラシック音楽》龍馬伝にロッシーニ...

2010-08-15 0

坂本龍馬は、ピザを食べたのかしら?一生懸命にカステラを作って黒船を買う資金にするって頑張っていたけれども、ピザを食べたら今度はどういう感想を持ったのかな。

映像の中でほんの短い時間聴こえることが出来ても、直ぐに分かる特長があるのがロッシーニの音楽です。ロッシーニの歌劇の歌は、イタリア語の調子に自然なベルカントというもの。その歌に特徴的で聴けばロッシーニだと分かるのが、スタッカートを多用した管弦楽。2拍や4拍といった規則正しいリズムに、次々に楽器が加わってきて盛りあがっていきます。もう、ロッシーニ以外にこういうスタイルは書けないという感じです。スタイル“”は書けない、と言ったが良いとも思えます。

ある意味確信的に、ロッシーニはスタッカートを多用した管弦楽を使ったのでしょう。名前が出るのに下隅の長かった作曲家ではなかったからこそ、革新的とも言うべきでしょう。少しでも聴けばロッシーニの音楽だと誰にも分かったはずですから、真似をしても得策ではないですものね。癖と言えば濃すぎるほどですけれども、押し通した勝利です。

歌劇《セビリャの理髪師》序曲と説明するのが、簡潔。なのですけれども、この序曲が作曲されたのは1813年。そして、歌劇《セビリャの理髪師》が初演されたのは3年後の1816年のことでした。3年前に上演された歌劇《パルミーナのアウレリアーノ》の序曲として最初は登場。更に次の歌劇《イングランドの女王エリザベッタ》(1815年初演)でも使いました。ロッシーニの活躍した時代は、今のように幕が開く前から観客が着席して楽しんでいたわけではありませんでした。「もうすぐ上演が始まりますよ」という合図となっていたのが序曲。モーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》序曲は4分ほどの音楽。一方こちらは7分から8分。歌劇《ウィリアム・テル》序曲は10分以上になる序曲ですね。

この音楽が耳に入れば、ロッシーニの歌劇が上演されることが分かるわけですから、名刺代わりのテーマ曲になっていたのでしょう。

 

 

ですから『龍馬伝にロッシーニの《セヴィリャの理髪師》序曲が』とはしませんでした。

今夜(2010年8月15日、日曜日)に放送された『龍馬伝』のグラバー亭でのパーティシーンで、ロッシーニの音楽が使われていました。1865年の夏のことです。

この年、ロッシーニはまだ存命。63歳ぐらいだったと思います。歌劇《ウィリアム・テル》が最後の歌劇場の仕事で、37歳の時『フランス国王の第1作曲家』の称号と、終身年金を受け取ることになるとあっさりと音楽界から引退。高級レストランの経営で第二の人生も成功します。「○○のロッシーニ風」というメニューをフランス料理店で見かけたら、ロッシーニの音楽を思い起こして下さい。

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